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新潟地方裁判所 平成11年(ワ)19号 判決 1999年11月05日

原告

株式会社商工フアンド

右代表者代表取締役

大島健伸

右訴訟代理人支配人

長谷川義

被告

佐久間武司

右訴訟代理人弁護士

馬場秀幸

大澤理尋

足立定夫

味岡申幸

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年九月三〇日から支払済みまで年三割の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、有限会社ブレーンノット(以下「ブレーンノット」という。)に対し、利息年29.20パーセント、遅延損害金年40.004パーセントの約定で、次のとおり金員を貸付けた。

(一) 契約日

平成七年二月一六日

金額 一四三万円

弁済期 同年四月五日

(二) 契約日 同年四月二七日

金額 一〇〇万円

弁済期 同年六月五日

(三) 契約日 同年七月七日

金額 一〇〇万円

弁済期 同年九月五日

(四) 契約日平成八年七月三一日

金額 一〇〇万円

弁済期 同年九月五日

(五) 契約日 同年一二月三〇日

金額 一〇〇万円

弁済期 平成九年二月五日

(六) 契約日 同年五月二日

金額 二〇〇万円

弁済期 同年六月五日

(七) 契約日 同年五月九日

金額 一〇〇万円

弁済期 同年七月五日

(八) 契約日平成一〇年四月四日

金額 三〇〇万円

弁済期 同年六月五日

(九) 契約日 同年六月一〇日

金額 五五〇万円

弁済期 同年八月五日

(一〇) 契約日 同年七月一日

金額 一〇〇万円

弁済期 同年八月五日

2  被告は、平成一〇年六月一〇日、原告に対し、同日現在ブレーンノットが原告に対して負担している債務及び同日から五年間に発生する債務につき、一五〇〇万円を限度として連帯保証する旨及び遅延損害金を年40.004パーセントとする旨を約した(以下「本件契約」という。)。

3  ブレーンノットは、原告に対し、右1の貸付金計一七九三万円のうち、二〇七万円及び平成一〇年九月二九日までの利息・遅延損害金を支払った。

4  よって、原告は、被告に対し、本件契約に基づき、極度額の一五〇〇万円及びこれに対する平成一〇年九月三〇日から支払済みまで利息制限法の範囲内である年三割による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1(一)から(八)及び(一〇)の貸付は不知。(九)の貸付については、契約日は認めるが、金額は否認し、弁済日は不知。ブレーンノットが、原告から貸付を受けたのは、二〇〇万円である。

2  請求原因2の事実の本件契約が極度額を一五〇〇万円とする根保証であることは否認する。本件契約は、二〇〇万円の貸付についての保証をしたものである。

三  抗弁

1  第三者の詐欺

(一) ブレーンノットの代表取締役である清野信昭(以下「清野」という。)は、本件契約締結当時、ブレーンノットが原告に対して既に約一四〇〇万円もの多額の既存債務を負担していることを被告に告知すべきであるのに、これを秘して、被告に保証を依頼し、本件契約を締結させた。

(二) 原告(新潟支店)の担当者であった板橋克弘(以下「板橋」という。)は、本件契約締結当時、右(一)の清野の詐欺について悪意であった。

(三) 被告は、平成一一年二月二六日の本件口頭弁論期日において、本件契約を取り消す旨の意思表示をした。

2  錯誤

被告は、本件契約締結の際、二〇〇万円の貸付についての保証であると誤信していた。

(3 信義誠実の原則による制限

なお、被告は、1、2と、ほぼ同一の事実を基礎として、被告の保証責任は、信義誠実の原則により、二〇〇万円に限定されるべきであると主張するが、抗弁1、2の主張が認められれば、抗弁3について判断するまでもないし、逆に抗弁1、2が認められなければ、抗弁3が認められない関係にあるから、抗弁3は、独立の抗弁となるものではない。)。

四  抗弁に対する認否

抗弁1(一)、(二)及び2の事実は否認する。板橋は、本件契約締結の際、本件契約が極度額を一五〇〇万円とする根保証であることや、ブレーンノットの原告に対する既存債務の残高を告知している。

理由

一  証拠(甲二の3ないし5、7、8、12、13、24、27、28及び三)によれば、請求原因1の事実を認めることができる。

また、証拠(甲一の6、四の1ないし3、五、証人清野及び同板橋)によれば、同2の事実を認めることができる。

これに対し、被告は、本件契約は、二〇〇万円の貸付についての保証であると主張するが、これらの書類の体裁・記載内容や、被告も清野から一五〇〇万円を「借入枠」であるとの説明を受けていたことは認めており、ブレーンノットが今後借入をすれば、被告の保証額も増えるとの認識を有していたと推認されること等に照らして、被告の右主張は採用できない。

二  抗弁1について

1  証拠(甲二の26、八及び弁論の全趣旨)によれば、本件契約当時、ブレーンノットが原告に対して既に一四八八万円の既存債務を負担していたことが認められる。

2  しかして、証拠(甲四の1ないし3、五、七、乙一ないし三、一〇、一一、一五、証人清野、同板橋、被告本人及び弁論の全趣旨)によれば、本件契約の締結に至る経過は、次のとおりと認められる。

(一)  被告は、清野の妻であった左千子の実父であり、新潟県庁を定年退職し、現在は、土建会社である水倉組の関連会社の代表取締役をしている。

(二)  清野は、ブレーンノットの資金繰りに窮し、平成一〇年六月九日、かねて借り入れをしていた原告の担当者である板橋に対し、電話で二〇〇万円の借り入れを申し込んだが、断られたため、翌一〇日、再度、板橋に電話で義父である被告を保証人とするので、借り入れをしたい旨伝えたところ、板橋は、被告が一五〇〇万円の根保証をするのであれば、これに応じてもよい旨応えた。

(三)  しかし、清野は、ブレーンノットが平成八年一〇月に東光商事から二〇〇万円を借り入れた際及び平成一〇年三月に日栄から一五〇万円を借り入れた際、いずれも被告に連帯保証してもらっている上、被告から九〇万円を借りていることもあり、既に原告に対して多額の既存債務を負担していることを告知すれば、被告が根保証を応じることはありえないと判断し、被告に対し、二〇〇万円の新規の借り入れの保証と偽って保証を依頼することにした。

(四)  そこで、清野は、平成一〇年六月一〇日、被告に対し、電話で二〇〇万円の保証を依頼したところ、被告は、ブレーンノットの経営が苦しいことを察知していたことや、既に二回保証人となっていることから、一旦は保証を断ったものの、清野が娘の夫であることや、二〇〇万円なら最悪の場合でも妻名義の簡易保険(乙一一)を解約すれば支払えると考え、しぶしぶ保証を承諾した。

(五)  清野は、同日夜、板橋とともに、被告方に赴いたが、その玄関先において、板橋に対し、本件契約が根保証であることや、ブレーンノットの原告に対する既存債務の残高を言わないでほしい旨依頼し、板橋も、これを了承した。

(六)  板橋は、本件契約の締結の際、極度額を一五〇〇万円とする限度付根保証承諾書(甲一の6)及び連帯根保証確認書(甲五)、額面一五〇〇万円の約束手形(甲四の1ないし3)等を差し出し、被告に署名・押印を求めたところ、被告は、一五〇〇万円の根保証を求められていることに気づいて署名・押印することを躊躇し、約二、三〇分間にわたって、沈黙が続いたが、結局、被告は、これらの書類に署名・押印した。

(七)  しかし、清野及び板橋は、本件契約の締結の際、ブレーンノットの原告に対する既存債務の残高については、なんら説明をしなかった。また、被告が押印した書類のうち、領収書(甲八)には、同日実行された請求原因1(九)の五五〇万円の貸付後の総融資残高が二〇三八万円である旨の記載があったが、被告は、これに気づかなかった。

以上のとおりである。

これに対し、板橋は、被告方の玄関先において、清野から「既存債務の残高を言わないで欲しい。」旨言われたが、これを断わり、借用証書(甲二の27)の総貸付残高欄を示して、ブレーンノットの既存債務は、同日実行された請求原因1(九)の五五〇万円を引くと、一四八〇万円くらいである旨説明したと供述するが、清野及び被告は、このような説明はなかった旨供述しているところ、ブレーンノットの経営状態が苦しいことを察知していた被告が、このような多額の既存債務があることを知りながら、あえて一五〇〇万円もの多額の保証をするとは通常考え難く、仮に保証したとすれば、契約前に清野らによる、相当の説得活動があってしかるべきであるが、そのような活動がなされた形跡はないこと等に照らして、板橋の右供述は信用し難い。

また、原告は、前記借用証書と複写式になっている領収書(甲八)の総融資残高欄に二〇三八万円と記載されているところ、この欄の上部に被告が実印で確認印を押捺しているから、被告は、既存債務の残高を認識していたと主張するごとくであるが、右領収書には多数の記載事項があり、注意して見なければ、残高欄の記載には気づかないと思われるし、板橋も、「被告に既存債務の残高を確認してもらったことを裏付ける書面はない。」と、右領収書に基づく説明はしていない旨の供述をしていること等に照らして、原告の右主張事実は前記判断を左右するものではないというべきである。

よって、清野は、本件契約の締結の際、ブレーンノットの既存債務が一四八八万円と多額にのぼっているのに、これを被告に告知することなく、新規融資の際の保証であるように装い、被告を誤信させて、本件契約を締結させたもので、原告の担当者である板橋もこのような清野の意図を知っていたものと認められる。

3 抗弁1(三)の事実は当裁判所に顕著である。

4 以上の次第で、被告は、本件契約を第三者の詐欺を理由に取り消すことができると解すべきところ、仮に既存債務が多額にのぼっていることを被告が知っていたとすれば、被告は、ブレーンノットのために、二〇〇万円の保証もしなかったと考えられるから、本件契約は、二〇〇万円を超える部分のみならず、その全体において、瑕疵があるというべきであり、被告の取り消しの意思表示により、その全部が無効になると解するのが相当である。

三  してみると、原告の本訴請求は、抗弁2について判断するまでもなく、理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法六一条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判官大野和明)

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